前回・前々回の記事で、なぜ秋田の岩牡蠣が美味しいのか、
なぜ象潟(きさかた)と呼ばれる場所は特別なのか、お伝えしてきました。
今回は、その象潟の海で生きる漁師さんをご紹介します。
彼と最初に会ったのは冬のタラ漁の時期でしたが、そのときに「夏に来れば岩牡蠣をいくらでも食べさせてあげるから」と言われ、翌年の夏、彼が生まれ育った小砂川(こさがわ)の浜を訪れました。
秋田県に詳しくない人にとっては象潟(きさかた)だけでもすでに細かい地名だと思いますが、秋田県にかほ市の中に象潟町があり、その中に旧小砂川村があります。
隣の大砂川(おおさがわ)と比べ、浜の砂の粒子が小さいことからそう呼ばれるようになったとされ、小さな港には当時、彼を含め6人の漁師さんがいました(その後、若い人が弟子入りするなど人数は年ごとに多少増減しています)。
なんて静かで、美しい海。
夏の日本海は本当に穏やかです。荒ぶる神のような冬の姿が、嘘のよう。
しかも、鳥海山の冷たい伏流水が海底から直接湧き出ているこの海では、水温が低くプランクトンが少ないので透明度が高く、吸い込まれてしまいそうな美しさです。
ここでの夏の漁は、素潜りで行います。
といっても、海女さんのようないでたちではなく、見た目は完全にダイバー。
早朝、明るくなるとともに小さな船で港から少しだけ沖に出て、場所を見定めると海に飛び込み、海底まで潜っていきます。
獲物をいくつか見つけると一旦上がってきて、海面に浮かべた浮き輪にひっかけた網に入れ、またすぐに潜ります。
昼ごろにかけて、ひたすらこの繰り返しです。
水深約5メートル、ときには8メートルという、体にきつい水圧のかかる環境で、時折速くなる潮の流れにも負けず潜り続けます。
メインの獲物は岩牡蠣ですが、ほかにアワビやサザエも穫ります。
乱獲を防ぐために1日に獲っていい量が漁協で決められていて、特にアワビが厳しく、少数のアワビで売り上げを伸ばすためには、1つ1つ大きなアワビを見つけることが重要です。
漁師さんの頭の中には、どこにどのくらいの大きさのアワビが棲んでいるか、どこに岩牡蠣がたくさん集まっているか、正確な地図が描き込まれています。
照り付ける日差しをさえぎるもののない海原で、早朝から日中にかけてひたすら潜る、そんな体力勝負の作業をしながら、頭の中は常にフル回転。
そして、体力と知力を兼ね備えていても、もし悪天候が続けば漁期の間に十分な水揚げは見込めない。
厳しい条件にも負けず潜り続けるのは、家族を守るため、そして、大好きなふるさとの姿を次の世代に残すため、と彼は言います。
浜が漁船でにぎわい、人々が豊漁に沸く。山と海の恵みとともに生きるふるさとの姿を、自分たちの代で終わらせたくない。
強い思いを胸に、海の男は今日も潜り続けます。