今日から4回に分けて、東北が誇る夏祭りの1つ、青森ねぶた祭についてお伝えします。
職人の魂を生き移したかのような勇壮で巨大なねぶた、力強くも華やかなお囃子、そして膨大なエネルギーを発しながら舞い続けるハネト(跳人)。
これら3つで構成される青森ねぶた祭を、本日から連載でご紹介していきます。
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【本日の内容】
【次回の内容】
【次々回の内容】
【最終回の内容】
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1.青森ねぶた祭とは…その起源と現在
青森県内の各地にはねぶたまたはねぷたと呼ばれる夏の伝統行事が受け継がれています。
中でも、仙台七夕まつり・秋田竿灯(かんとう)祭りとともに東北三大祭りに数えられるのが、毎年8月2日から8月7日にかけて青森市で行われる青森ねぶた祭です。
(先日お伝えしたように、2020年はいずれも中止となりました。)
その起源は定かではないものの、奈良時代に中国から伝わった七夕行事と、日本にもともとある精霊送りや虫送りといった習俗が融合し、時代とともに変化し続けたものだと考えられています。
平安時代に東北地方の住民を朝廷に従わせるために遠征した征夷大将軍・坂上田村麻呂の伝説が起源だという説があることから、実はかつて、ねぶたのコンテストの最優秀賞の名は「田村麻呂賞」でしたが、坂上田村麻呂が実際には青森県まで遠征していないこともあり、現在では「ねぶた大賞」に改められています。
「ねぶた」「ねぷた」というのは祭りで運行される、人物や動物、歴史上の出来事などを象った山車のことを指しますが、語源は「ねむり流し」だとされています。
農作業が忙しくなる秋の収穫期を前に睡魔を追い払う「ねむり流し」が地域や時代ごとに「ねんぶり流し」「ネムッタ流し」「ねぼけ流し」「ネブチ流し」などと変化し、現在のように「ねぶた」あるいは「ねぷた」になった、というわけです。
つまり、古代の七夕、精霊送り、そこへ、地元の農山漁村の風習が合わさり、長い長い歳月が流れた結果、今の祭りのうねりへとつながっていったと考えられます。
由来はどうあれ、現在の青森県内には青森ねぶた祭や弘前ねぷたまつり、五所川原立佞武多(ごしょがわらたちねぷた)をはじめ、黒石、深浦、東通にいたるまで、数十か所で祭りが受け継がれていて、青森市と弘前市のものは国の重要無形民俗文化財に指定されています。
いずれも山車のデザインや大小の違いはあれど、基本的には毎年8月上旬の夜を中心に、明かりの灯った山車を運行し、特徴的なお囃子や掛け声とともに町を練り歩きます。
そしてもっとも重要な共通点は、それぞれの祭りが地元の人たちにとても大切にされている、ということです。
伝統であるとともに、今もまさに生き続けている。
それが、私たちがこの祭りに魅了される大きな理由の一つだと思えてなりません。
次回は、
についてお伝えします!