みちなるみちのく

東北180市町村を回った筆者が、あなたの知らない東北(みちのく)をご紹介します。

"美"が舞う宵の口 —— 盛岡さんさ踊り② 新しき中にも伝統あり

昨日・今日の2日にわたって、盛岡の夏を彩る盛岡さんさ踊りを特集しています。

(ほかの夏祭りシリーズについては、一昨日以前の記事をご参照ください。→青森ねぶた祭秋田竿燈まつり

 

昨日の記事で、盛岡さんさ踊りは踊り手や太鼓、笛など3万人以上が盛岡市中心部の中央通を踊り歩く壮大なパレードであり、一糸乱れず華やかに踊る姿は文字通り"美"そのものが舞っているかのようだとお伝えしました。

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天まで届きそうな莫大なエネルギーも、盛岡さんさ踊りの魅力の1つ。

この盛岡さんさ踊りは昭和53年に始まった夏祭りで、東北各地の他の行事と比べると歴史は短いですが、その由緒には盛岡の重要な伝説が関わっています。

 

ということで今日は、2.新しき中にも伝統ありをお送りします。

2.新しき中にも伝統あり

祭りとしての盛岡さんさ踊りの歴史は数十年ですが、踊り自体の起源数百年以上も歴史を遡ります。

 

昔、この地域に羅刹(らせつ)という鬼がいて乱暴狼藉をはたらいたため、困った住民が三ツ石様(みついしさま)という信仰の対象となっていた石(名前の通り三つの石)にお祈りして助けを求めたところ、鬼はたちまちその石に縛り付けられてしまい、恐れをなした鬼は「この地に二度と来ない」と誓って去って行った。そんな伝説が盛岡にはあります。

 

このとき、鬼がいなくなったことを喜んで人々が石の周りで「さんさ、さんさ」と踊ったことがさんさ踊りの由来とされ、またさんさ踊りの際に太鼓を打ち鳴らすのも、当時の人々が鬼が二度と来ないよう太鼓の音を響かせたのが始まりとされています。

(ほかにも、坂上田村麻呂の伝説など複数の説が伝えられています。)

 

なお、そのとき鬼がその石に自分の手形を残していったことから、「岩」「手」形ということで「岩手」の地名につながったとされ、さらには鬼が「来ない」「不来(こず)」ということから盛岡周辺はかつて「不来方(こずかた)」と呼ばれていました。

地名としての「不来方」が500~600年ほど前に存在していたとされることから、この伝説もその頃までにはあったと考えられ、つまり、さんさ踊りの起源もそのくらい古いということになります。

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盛岡市内にある三ツ石神社の巨石。

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鬼の手形があったのはこのあたりらしいが、長い年月の風化により現在ではほとんどわからなくなっている。

石のあった場所には現在、三ツ石神社(みついしじんじゃ)があり、毎年その三つの巨石の近くで、祭りの前に神事とさんさ踊りの演舞が捧げられます。

2020年は祭り自体は史上初の中止となったものの、神事奉納演舞は行われました。

www.iwate-np.co.jp

このように祭り本番が中止でも神事だけはなんとか継続したり、あるいは地元市民のために小規模ながらも踊りや山車を披露する取り組みは他の東北各地の祭りでも行われていて、東北の夏祭りがいかに地元に愛されているか、地元にとって重要な存在であるかが、よくわかります。

 

ちなみに、三ツ石伝説に端を発する伝統的な踊り方は昭和53年に盛岡さんさ踊りが始まるよりも以前に盛岡周辺の各地に広まっており、その踊りは「伝統さんさ踊り」と呼ばれ、現在の盛岡さんさ踊りの際もその伝統を保存する団体によって披露されています。

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盛岡さんさ踊りの期間中に盛岡駅前広場で披露される「伝統さんさ踊り」。衣装は地域によって多少違いがあるが、妻折笠に赤い牡丹を模した花を付ける場合が多い。

このように、さんさ踊りは古くて新しい踊り。

そして、その起源が盛岡の根っこに近い伝説と切り離せないことからも、盛岡にとってとても大切な祭りであることは疑いようがありません。

そんな、市民が大切にしている祭りだからこそ、訪れた者が魅了され虜になっていくのだと思います。

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この舞いがいかに美しいか、ぜひ多くの人に現地で見てもらいたい。

さてさて、東北の夏祭りシリーズ、次回からは南東北(みなみとうほく)に移って、山形花笠まつりご紹介します!!