みちなるみちのく

東北180市町村を回った筆者が、あなたの知らない東北(みちのく)をご紹介します。

看板のないラーメン屋さん 筆談で注文する絶品麺「伊原純平」(秋田)

「伊原純平」、というのが正確な店名なのかいまだにわかりませんが、秋田県と山形県にまたがる鳥海山のふもと、山と海に挟まれた猫の額のような平地に住宅が所狭しと並ぶ通りに、そのお店はあります。

いえ、「ありました」と言った方がいいのです。

今年の春、店主ご高齢のため廃業してしまいました。 

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40年以上愛され続けたラーメンは、もう食べることができない。でも、秋田の小さな町にそんなラーメンがあったことを知ってもらいたい。

秋田県にかほ市のそのお店に初めて訪れたのは2017年の秋、鳥海山の紅葉を見に行った帰りでした。

周辺には他にラーメン屋さんどころか飲食店もない地域。

選択肢がない状態で入ったお店でまったく期待していなかったのですが…、これが、美味しいのです。

私自身、ラーメンにまったく詳しくありませんが、何度でも言います。

美味しいのです。

注文したのはシンプルな「ラーメン」

油が浮いていない、透き通った醤油スープが特徴で、優しい出汁と醤油の旨味が胃と心にしみます。 

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透明なスープとちぢれ麺が特徴の「伊原純平」のラーメン。

チャーシューはかなり大きいですがこちらも脂っこさはまったくなく優しい味がほどよくしみていて、こってり系が苦手な私でもぺろっと完食しました。

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大きなチャーシューが入っていて、あっさりながらも食べ応えばっちり。

メニューは他に「五目ラーメン」「みそラーメン」「タンメン」があって全部で4種類。

いずれも600円前後の良心的な値段で、どう見ても80歳を過ぎていると思われる店主が、すべて一人で作って出してくれます。

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素朴な文字で書かれたメニュー。

この「伊原純平」、こんなに美味しいのにお店に看板もなく、営業時間中だけ赤いのれんがかかっているのでかろうじてラーメン屋さんだとわかりますが、そののれんも文字通り「中華そば」しか書いていないので、食べログとGoogleマップで名前を確認しないと店名すらわからないレベルです。

(ちなみに店名はそのままご主人のお名前のようで、お店の横には「伊原」という表札がかかったご自宅があります。)

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のれんがかかっていると辛うじてラーメン屋だとわかるが、それでも初めてだと入るのに若干勇気が要る。

どうやら1970年代からお店をやっているらしく、かれこれ40年以上

あっさりした醤油味のスープと同じように物腰柔らかで優しいまなざしの店主は、地元の人にも、そして私のように遠方からふらっとやってくる客にも、愛され続けてきました。

 

でも、なんとなく、本当になんとなくですが、去年の夏に食べに行ったとき、もしかしたらこれが最後になるのかもしれないなぁと感じたのを覚えています。

もともと店主は耳を悪くされていて、注文はもう何年も前から筆談

営業はお昼の約3時間のみ。

店内のエアコンは故障したまま、「修理できません」と貼り紙がされていました。

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(左)カウンターに置かれた筆談用メモ(写真左端の男性が店主)、(右)故障して修理できないエアコン

そして去年の年末。

閉店したお店の前には「廃業 高齢のため 長い間ありがとうございました」と貼り紙があったそうです。

今でも、手際よく麺を用意する店主の細い腕や、メガネを忘れたお客さんを追いかけようとした私に「大丈夫だよ、近所の人だから」と優しく声をかけてくれた姿、そして何より、あの透き通った美味しいスープが、忘れられません。 

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昭和から創業する店内は懐かしい香りが詰まっていた。

もうあのラーメンを食べられないのは淋しいですが、今までありがとうございました。

どうかゆっくりお体を休めて、長生きしてください。